今日は……つ、疲れ……ぱたっ。

昨日の夜、寝てから右手がつってイタタタという感じ。さっきも横になった時に同じ様な症状だったが……うーーーん何だろ?起きているときは別に痛くもないのだけど。
何となく寝違えた様な感じで首が痛いので、そういう影響もあるのかな〜。

話かわり、福岡県田川郡香春町に道の駅が出来たらしい。母親がチラシが入っていたという。何処なのか父親も気になったらしいので場所が知りたくてチラシを探したけど見つからず。ネットで調べたら行橋と小倉に分かれる道辺りだな。私はあちこちウロウロしているので直ぐに何処か分かるが、行った事がほとんどない両親にしてみると、全然分からないところかも。

ところで田川つながりの話。
先日、田川市の田川市石炭記念公園にある二本煙突と竪坑櫓が世界遺産登録の「九州・山口の近代化産業遺産群」から外れたと新聞に載っていた。
なんでじゃーーー!筑豊が石炭産業で日本の礎となって支えたのは事実なのに。
二本煙突は修復したしライトアップもされたりして綺麗なんだぞ!
飯塚市の旧伊藤伝右衛門邸が外れたのは仕方がないんじゃと思うのだが、二本煙突は炭坑節に唄われているあの煙突そのものが、現在も壊されずに当時の姿で残っているものなのだ。
納得いかーーーん!

伊藤伝右衛門さんの事に補足。
いまだに柳原白蓮(歌人)さんを家に閉じ込めていたヒヒじじいと思っている人がいるようなので、それは誤解だと私は思う。そういうか弱いイメージで柳原白蓮さんの声を聞いたら(残っているのでイベントのとき等に聞く事も出来るかも)百年の恋もいっぺんで覚める思いがしそうだが……(--)。

土門拳さんの写真集『筑豊のこどもたち』とか見て欲しいよなぁ。私の住む地方の切ない部分をさらけ出しているという部分は否めないが、筑豊に限らず、塗炭の苦しみを味わいながら強くたくましく生きて来た人々は勿論世界中に、沢山の時代に居たのだ。その一部を一瞬をきちんと捉えて離さなかったという点においては、スゴイし素晴らしいと思う。現在とは時代も違う。
伯父さんが炭坑夫だったので(といっても筑豊ではなく荒尾の方だが)、田川市石炭記念公園にある長屋を見ると、作りが同じなので本当に昔を思い出す。もうずーーーっと大昔の事だけど、忘れられない。